しばらく断酒云々はやめた。メンタルの話をしよう。

あ。そうそう。

禁酒・断酒については、2/1から再開していますが、暫く記録を残すのは辞めます。

というのも。部下が鬱になりまして、私も若干、情緒不安定なので。

ひとまず有給で休ませ、結局休職手続きして、年度末まで休みだと。おかげで、上司も殊のほかお疲れモードで、「ちょっと行く?」と言われる始末。

彼の仕事が全部こっちに来たので、私もてんてこ舞いで、しばらく自分を断酒云々で縛るのは控えようと思います。

明日はラクーアに行く予定。現場監督時代に、メチャ疲労があるときには銭湯に行っていたが、今まさにそんな状況。マジ疲れた。こっちが倒れたいわ、ほんま。

 

*鬱になったことが無いので、想像で書いている部分もあります。もし鬱の症状で苦しんでいる人に苦しみを与えているようであれば、申し訳ありません。

 

 

 

「心身ともに健康」とは良く言ったもので、メンタル病んで体を壊す事もあれば、体を壊してメンタル痛める(落ち込む、とか)こともある。

これは、逆に捉えると、体を治癒すれば、メンタルも多少は治癒される。ということかな。

つまりは、心と身体は一心同体、表裏一体ということだ。

 

自分の時を振り返り、醜態を晒してみる。

当時は建築の設計をしていた。今もだけど。

赤字の仕事を営業が勝手に取ってきて、出来るはずも無いのに設計で赤字を回復しろと言われ、色々納得いかなかったんだよね、仕事とか会社に対して。

また、3〜4ヶ月くらい連続で毎日終電で、週1、2回はタクシー帰りで、提出直前は2徹とか。そりゃ、めまいとか起こすわ、って感じだった。

でも、自分で体のケアをしようとはしなかった。乗り越えれば何とかなると思ってた。

で、確認申請終わって、頭の中の風船がパーンっ!て弾けた感じがした。燃え尽き症候群みたいな感じなのかな、自律神経失調症なのかな。よくわからないけど、でもめまいがひどくて、空飛ぶ絨毯の上を歩いている感じがした。何も仕事に手がつかず、近くのコーヒー屋で1時間くらい時間潰すとかしてた。

 

監理まではとても耐えられないと思って、担当外してもらおうと相談したら、

「設計までやったんだから、監理もやってもらいたいなぁ。」

って上司が言うもんだから、「自分の身は自分で守らせてもらいます」って感じで辞職した。一級建築士持ってたから、設計のフィールドはココだけじゃない、と思ってたし。

 

上司の発言は、悪気がない。私もまさかメンタルが原因だと思ってなかったから、症状の原因がわからなかった。脳外科やら耳鼻科やら色々行ったけど、治らなかった。もちろん診断書なんて無い状況だったから、上司だって判断できないよね。やっぱ上司は悪くない。

ただただ仕事内容に納得していなかった自分はいた。何でこんな仕事せなあかんねん、って思ってた。でもまあ、時間が解決して一段落できるだろう、とタカをくくってた。だから、自分の余計なプライド・思い込みで、勝手に自分が体壊しただけ、っていう、今思えば何とも情けない理由が原因で自滅した感じ。

 


よく、真面目な人ほど鬱になりやすい、って言うじゃん? 多分、そういう人よりも、自分の勝手な思い込み・プライドが、自分の首を知らず知らずのうちに絞めていたって人の方が多いような気がするし、それを素直に受け入れられない人というか、それをわかっていない人が多い気がする。

んでね。責任感・プライド持って仕事をするのは良いけど、それが悪い方向に出ることを身をもって体験したんだったらさ。プライド多少捨てて仕事への接し方を変えるか、プライド守る代わりに仕事の範囲・量を狭めるか、の二択になるんじゃないかな。そして、その二択をするために体を治さなきゃいけないんだけど、体壊した原因を客観的に見て受け入れないと、また同じことを繰り返すことになるんだろうな。

体壊してはじめて、自分に無理がきかないことがわかったし、上司の「自分の身は自分で守れ。誰もお前を守ってやれないぞ。」の言葉の意味が分かった。


 

ストレス源が仕事に起因する労働状況だったのは言うまでもなく、やってる仕事に納得できないし、もうただただ仕事から離れたかっただけ、という後ろめたさをもちながら会社を辞めた。その一方で、ストレスなんて減るもんじゃないから、どうやってストレスに対処していこうか、本気で考えた

いま、その対処法で、何とかやっている(つもり)。

少なくとも、当時は最後に心療内科に行ったけど、鬱と診断されたわけではなく、「とにかく寝ろ」と言われるなど、体に表出した症状を治癒することに全力を尽くしたが、とは言えメンタル病んでたな、とも思っている。

 

部下に対して、今思うこと。

別に有休取って休むとか、休職するとか、まあ良いんだけど、

「生活の張り合いである仕事と距離を取る=自ら張っていた糸を切る」なので、生活が自堕落というか、ドーンっ、って沈む感じになるんよね。

だから余計鬱がひどくなったように感じるのは無理ないんだけど、それって、自分で張っていた糸を切ったからなのにさ、もし、そのドーンって沈む感じも鬱のせいにしているなら、とてもじゃないが社会復帰は難しいと思う。

自分の生活・やってきたことをつぶさに観察すると、「これ、実は自分のせいじゃね?」ってことが大半だと思う。そうそれ、たぶんじゃなく、ほぼ確実に「あたなのチョイス」です。それに気づき、素直に対処することができないと、何でもかんでも鬱のせいにする。鬱になった原因のストレス源が、仕事なのか、オレなのか、オレ含めた上司陣なのか、会社なのか、はたまた複合なのかわからないけど。

 


少なくとも、オレの時より全然状況は悪くないはずなんだけどな。深夜残業や休日出勤はさせていないし、仕事の質・量ともに若干チャレンジングだが妥当、な感じ。となると、正直人間関係が原因としか考えられないんだよなぁ。

万が一ストレス源が仕事の質・量なら、職種を再考せざるを得ないかもしれない。どの業界の設計職でも同じだと思うが、クリエイティブな要素が大きい分、プロジェクトが紆余曲折し、すんなり行くことのほうが珍しい。結局、設計職には多いだろうが、自分のこだわりやプライドが、変化を受け入れる余裕を無くすだけであり、結果としてプロフェッショナルには程遠くなる。要は、自分の幅を広げる妨げになるのだ、その勝手な思い込みやプライドが。


 

少なくとも私が出来ることは、「原因不明のストレス源が元で鬱のケがあり、休職した」という事実を受け入れるのみだ。とわかっていて、敢えて書く。

頭が痛いとか重いとか、肩がこる・首がこるとか、眠れないといった症状が出た時、近所の病院行ったり薬局で薬買ったりしてでも何とかしようとしたのかね?

実は面談した時、「自分のキャパがどの程度かわかったんだから、次からは対処できるでしょ。」みたいなことを言ったものの、「何のキャパがオーバーしたの?」って思ってる。オレが体壊した状況と明らかに違うから。

もし外科的・内科的治療もせず、いきなり心療内科に行ったのなら、自覚があったというか、確信犯というか。医者に「鬱のケがある」って言わせるのって、簡単なんだよね。医者に言わせて、「ああ、やっぱオレは鬱だったんだ」って思いたかったんかね。ただ仕事から離れたかっただけだったんかね。

 

私にはよくわかりません。

鬱の薬で、自堕落な生活、治るんすかね?

鬱の薬で、ストレス耐性、つくんすかね?

鬱の薬で、張ってたけど自分で切った糸、くっつくんすかね?

 

ちなみに、自分の経験談を書いている部分では、鬱という言葉はほぼ使っていない。それは、鬱と診断されたわけではないことと、鬱というのは病だということのほかに、誤解を恐れずに言うと、都合の良い言葉だと思っているからだ。(自分が嫌なことすべてが原因で鬱になったと思い込めるから。ホントは違うのに。)

だから例えば、

・胃が弱いから、下痢をしやすいので、牛乳を控える。

・目が悪いから、メガネをつける。

メンタルが弱いから、ストレスに対処するために、◎◎をする。

とか、そんな自分の特徴っぽい感じの捉え方の方が、ずっと生きやすいと思うんだけどな。

 

・鬱だから、・・・。

うーん、言葉が続かないんだよね。鬱って言った瞬間、病になっちゃうから、治してこいよ!ってなっちゃう。でも、多分治りきらないんだよね。外科的・内科的療法で治る病気ならともかくさ。例えば、骨折したからギプスとか、ガンで胃を半分切除とか。

でも、鬱ってやっぱ、自己申告な領域が大きい病なだけに、ね。まあ、うん。

 

何ていうか、自分の人生を歩んでくれれば、それで良いわ。オレはお前の親じゃねぇけど。

 


マインドフルネスが流行ってた時期があって、この機会にSearch Inside Yourselfという本を読んでいるが、体に起こっていることを客観的に見つめるというのは大事みたいだ。まあ、鬱の人は正常な判断が出来ないことのほうが多いんで、難しいことなんだろうけど。

 

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