「オナニーは、家でヤレ。」

※ちょっと今回は、めっちゃ長文です。お暇な時に。

ここ数年、建築業界の不正行為が明るみに出るケースがあとを立ちません。かつて、東洋ゴムの免震ゴムのデータ改ざんがニュースに出たときは衝撃を受けました。そして今日、カヤバシステムマシナリーもオイルダンパーの検査データ改ざんを発表しました。

学生時代を含めると、建築の世界に15年以上身をおいていた立場として、「企業エンジニアとは、どうあるべきか?」という問いを考えながら仕事をしてきました。しかし昨今、企業エンジニアだけでなく、いわゆる「学者」と呼ばれる専門家然とした方々の力量にも疑問が出始め、たとえば阪大の汚職事件も出てきています。ただ、こんなんはカワイイもんです。

ここでは、企業エンジニアを含む専門家が負うべき責任について考察したいと思います。

 

建築近辺の領域に見る、専門家の責任範囲

私が阪大の件でカワイイものと言ったのは、一部のゼネコンと阪大は被害を被ったかもしれないものの、大学からの横領金額が1600万程度と、やや少なめであるからです。世間一般に対する責任としては、「国立大学(=税金の入った大学)の教授として、税金の横領に該当する行動は如何なものか。」という部分がメインであり、実際判決も出ているようですし、本人は懲戒解雇処分という制裁を受けています。

それに比べて私が一番違和感を感じるのは、「首都直下地震が30年以内に発生する確率が70」とまとめた内閣府の中央防災会議の首都直下地震WGは百歩譲っても、東大地震研が2012年1月23日に「首都直下地震が4年以内の70%の可能性」と言ったあとに、「実は50%以下でした」と修正してみたり。こういった地震予知の領域です。国民を煽りに煽るのもいい加減にしろよ、と言いたくなる有様です。

まあ、緊急地震速報システムは、地盤を伝わる速度が早いP波を受信して、「横揺れS波が来るぞー!」って警報を鳴らしている、理にかなったシステムだと思います。

ただ、地震に詳しい先生方って、税金いっぱい使っているわりに、地震予知できてないじゃないですか、ほら法螺。

国家の防災対策費の検討のために、予知できない地震に一喜一憂して、政府関係者の不安を煽って予算をいっぱい確保する。それは良いかも知れないけど、国民まで煽って良いこと無いですよね。国民からしたら、「いつ、どこで、どの程度の規模の地震が来るのか教えてよ!」って思いますよね。これに答えてくれていません。

詳しくはWikipediaを見ていただきたいのですが、地震予知はできません、と言い切っていいレベルです。おそらく地震に詳しい先生方もわかっていることだと思います。多額の税金が投入されている研究分野が、国民のために実用的に運用できない代物であれば、税金投入する意味がありません。(とは言いつつ、建設領域においては、省庁の委託事業関係は得てして、実用的な成果が見受けられないことが多々あります。)

では、地震に詳しい先生方は、どの点に責任を負うのでしょうか。私には理解しかねますが、おそらく「論文内容は責任持つ。が、地震予知しっ放しで、当たるも八卦、当たらぬも八卦。予知の結果に負うべき責任なんて無い。」というのが正解でしょう。だって、予知できません、ってレベルなんだから、予知しようがありません。ただ、これではあまりに無責任で、いくらでも大法螺が吹けてしまう。安牌で行くことも可能です。これが私には理解し難く、納得し難い部分です。

出すだけだして、自分が気持ちよくなってるだけじゃん。そういうの、家でやってくんない?

「オナニーは、家でヤレ。」これが私の仕事上のポリシーでした。

仕事上でも、口だけの人っていませんか? 的確なアドバイスであれば許されるでしょうが、そうでなければ常に上記のフレーズが頭の中を巡ります。前職では、日常的に巡り巡ってました。まさしくこれが、地震に詳しい先生方に対して抱く感情とでも言うのでしょうか。言いっ放しかよ、と。

私の設計者時代は、「自分のやりたい案件を1件やるためには、その10倍の泥水を飲む必要がある。」と思ってやっていましたので、仕事をする上で、様々な面で折り合いを付けながら仕事を進める、というのが必要だと思います。「清濁併せ呑む」とでも言うのでしょうか。(もちろん、その善意に付け込んでくる人間は、たとえ私の上司であっても容赦なく切り捨てます。)

 

 

建築設計領域に見る、専門家の責任範囲

一方、建築設計の領域でも、施主から合意を得る上で難儀することがあります。ここでは設計者=専門家とします。特に建物の性能と、地震が来た場合の建物被害想定については、施主のイメージと専門家の「当たり前」に乖離があり、非常に骨を折ります。

例えば、施主に対して「免震にすれば、M7クラスの大地震が来ても構造体は無損傷です!」という聞こえの良い言葉を言いながらも、設計の実情は

「免震で概ね構造体が無損傷になるような、M7クラスの地震動を設計者が自身で設定して(時には、計画地で共振したら設計できない極大地震を、『想定外』となる理由を見つけて排除して、何とか都合良くおさめます。

と同義であるケースも無くはないと思います。ただし、こういった設計手法が、設計者責任のもとで許容されているのが実情です(時刻歴応答解析や保有水平耐力計算においては、第三者の審査を経るため、ある程度の設計安全性は確保されるはずです、多分)。

以降、実際問題どのように設計するかは、建築コストと職業倫理の間で板挟みになります。これは個人レベルだけでなく、組織レベルでも板挟みです。これは、「会社独自で規定している設計仕様」とコストとの板挟みとも言えます。

大手設計事務所や規模の大きなゼネコンは、施主が大手法人となるケースが多く、その社会的責任の大きさから、職業倫理はないがしろにせず、建物の要求性能に対するコストを要求するのが当たり前になっていると思われます。そのコストの中には、「何かあったら、うちの会社で対応します。」という安心料も入っていると思います。

一方、中小ゼネコンや弱小設計事務所は、個人相手の場合が多いため、資金力の関係からコスト最優先で、性能は二の次。たいていの場合は自前資金で行う場合が多いのでコスト重視となるでしょう。


時勢によっては、余談ですが以下の融資を受けて賃貸経営するケースもあります。この場合も借金して事業を行うことが多いので、比較的コスト重視となりがちです。

税金対策として、賃貸経営を考え始めた施主がいた。「事業計画が成り立つ箱なら何でも良いから安く!」と考える施主と、「建築した暁には、(管理ビジネスは長期に渡って収益が入るので、)ぜひ建物管理も任せて欲しい」と考える企業が相思相愛となり、企業が事業計画を立て、マイナス金利で困ってる銀行の足元を見て融資実行を受ける。企業は施主の融資額(=借金)から多額の建築費と事業コンサルタント料を頂戴し、いざ建ててみたら、いつまでたっても借金が返しきらない。

失敗の原因は、自分で事業出来ないのにやろうとして、事業計画を企業に握られたこと。借金してまで事業を行ったこと。銀行を信用したこと。銀行に賃貸経営関係の会社の人間が出向しているのを知らないこと。素直に税金おさめた方がプラスだったのに、息子世代に借金背負わせるなど愚の骨頂ではないか。

そして設計時の性能根拠の盾となるのが建築基準法であり、最近では耐震等級2・3相当、そして一部企業では、免震・制震も選択肢に入ってきているようです。以下は、一般的な鉄筋コンクリート造の賃貸マンションの場合ですが、例えば

  • 水セメント比50%以下のコンクリートを使って、いわゆる100年建築と言われるレベルにしますよー。(んまあ、Fc30以上で大体クリアかな。)
  • 耐震等級2相当は建築基準法の1.25倍の地震にも耐えられますよー。(ただし、クラックが入りません、とは言ってない。)
  • 免震にすれば、大地震が来ても構造体は無損傷なので、次の世代にも安心して引き継げますよー。(んまあ、共振する地震がきたらごめん。
  • 柱のせん断補強筋は建築基準法ではD6以上だけど、弊社ではD13以上なので強いですよー。(んまあ、寧ろこれが一般的だけど。)

とか言うフレーズが飛んでくるわけです。いわゆる「性能に対して配慮してますよ」雰囲気を出すわけです。ただ、「ホンマかいな?」と思う自分がいるのも事実です。

 

 

かんわきゅうだい 改めて専門家の責任範囲

だいぶ話が逸れました。

建築基準法が免罪符になってはいけない、とは思う。では問いたい。

  • 耐震等級2相当にすることが、免罪符になっていないか?
  • 免震にすることが、免罪符になっていないか?

「耐震等級2相当を標準とします。」「免震なので安全です。」

これらのフレーズが、付加価値つけてますオーラを纏った営業トークとしてだけでなく、設計する際の免罪符として機能してしまっている気がしてなりません。

例えば大臣認定を受ける免震の建物で計画が進んでいる場合、設計上のクギを刺せるタイミングならともかく、ある程度話が進み、建設コストも大掴み出来ている場面で「やっぱ柱抜けない(=免震装置と杭が増えてコストUPでよろしく。)」と言うのは難しいものがあります。その時、2ケースに分かれます。

  1. 「んじゃあ、何とかおさめます。」となる場面
  2. 「馬鹿かそんなん、明らかに無理」となる場面

どちらが安全性が高いでしょうか。問答無用で後者ですね。(厳密には、免震装置に有害な引抜力が生じることがあり、何とも言えません。)

前者の場合は、グレードが多少なりとも下がっています。グレード下げてでも収めるように動く、ということです。ただし、起こりうるケースは前者が多いと思います。そういった無理が大小積み重なると、いくら想定内の地震が来たとしても、以下のようなことが生じうるのです。

  • 梁の撓みが、スパンの250分の1以内である。ただし、スパンがそもそも大きく、撓みの絶対量が20mmを超えており、室内の間仕切壁に割れが生じた。
  • 梁のスパンのわりに梁せいが小さいため、撓みが生じやすく、上下動時に揺れが大きく感じた。また、梁端部と中央部にクラックが生じてきた。
  • 梁の撓みにつられて、スラブにもクラックが生じてきた。

などなど、コンクリートだから冗長性(=見えない余力みたいなもの)はあるものの、クラックが生じるとクリープ現象もあるので怖いものですよね。

で、大臣認定書を受けたとなると、今度は「国交省の大臣のお墨付きがついているので大丈夫です!」とか言い出すわけ。もう、国交大臣も大変だね、と言ってあげたいくらい。

 

 

で、結局責任の範囲はどんな?

まあ、以下は個人的な感覚で書きます。

設計内容についての責任範囲

自分の手を動かそうと動かすまいと、自分が設計したとなった(=自分が設計者として申請書に名前が記載される)以上は、設計内容には施主に対して責任を伴うと考えます。たとえ国交大臣が認めようが、確認済証を受け取ろうが、です。

 

地震が来たときのリスクについての責任範囲

地震が来たときのリスクについてですが、予見できることがあるなら伝えるべきでしょう。施主に対して説明責任を果たせば、地震時被害の責任を回避出来るかと言えば、そうではないかも知れません。

いくら耐震等級2相当の設計をしても、断面UPを伴うものの、メインは鉄筋量の増です。鉄筋は、コンクリートにクラックが生じないと本格的な効果を発揮しませんので、「耐震等級2=1.25倍の地震力に耐えられる」は間違いではありませんが、クラックは生じます。結構揺れます。

くら免震で設計しても、断面を極限まで絞るあまりに、使用上の性能低下に拍車がかかり得ます。設計上収まっているように見えても、地震時に何らかの損傷発生が否定出来ないのであれば、伝えたほうが良いと思います。

(例えば大スパン梁の上下動応答なんて、大手なら当たり前のようにやるでしょうが、レベルの低い会社では「評定で指摘を受けるまでやらない」なんて平気で言いますからね。そもそも大スパンにならないように、設計側で回避する内容だと思いますが。)

 

付加価値をつけたリスクについての責任範囲

「耐震等級2・免震等にグレードアップしたのに、それによるリスクを話すのは気が引ける」というのは施主に対して説明責任を果たしていないのと同じだと感じます。そりゃそうだ。

リスク軽減のためにグレード上げているのに、「免震化でコスト増なので、コストダウンのために柱抜くので、梁が盛大に撓みます」「耐震等級2相当の設計をすると、柱・梁断面が大きくなって、梁下寸法で1950しかとれません」なんて言いづらいですね。でも、そういう設計を回避出来ないのであれば、言うべきだと思います。

 

さて、お気づきでしょうか。

少なくとも建築設計の業務は、施主に対して責任を負っていましたね。なぜなら、売買契約を伴う契約ごとなので、相手がいる行為です。ただし、リスクについては、「説明責任」と書きました。実害が生じた場合の責任は、説明責任を果たす(=施主から合意を得る)ことで、社会通念上は負わなくても良いと感じます。これは、感覚です。

一方で、地震に詳しい先生方は、誰に対して責任を負っているのでしょうか。非常に曖昧ですね。国民に対してでしょうか。国に対してでしょうか。世界に対してでしょうか。どれも合っているでしょうし、どれも違うように思います。強いていえば、所属する組織(多くは学校法人)に対してでしょうか。実際給料等が発生していますし。

ただし、省庁の委託事業やそれに近い行為は、契約が生じますので、省庁に対して責任が生じますね。そして、省庁が委託事業を実施発注するためのお金は国民の税金ですので、間接的には国民に対しても責任があるのかも知れません。

せめて、「説明責任」くらいは欲しいところですね。国民にわかるように説明する必要があるケースが非常に多いと思います。だって、どれだけ税金かけてんだ、って話ですよね。H6〜H20までの15年間で1800億円以上ですよ。

近年は、地震そのものの予知よりも、地震による災害の予知の方に力が入っているようです。しかし、結局は検討用地震動にも疑いの余地があるわけで、だからこそ30年以内に70%とか50%以下とか、いろいろな数字が出てきて国民を惑わす結果となっている以上、何とも難しい問題だと感じます。ただ一言。

「オナニーは、家でヤレ。」